高熟年齢の出会いと恋愛、再婚がOKな1つの理由、寿命が伸び過ぎな件!

恋愛再婚の方法探し

寿命が伸びすぎというよりももしかしたら人間が感知する時間が間延びしているのではないか?

 

中高熟年とは何歳からなのだろう。

昔、例えば1960年代には、60歳代といえば、お爺ちゃんとかお婆ちゃんと呼ばれて腰は曲がり座れば小さく丸まってちょこんと座っているような印象の年齢だった。

 

60歳代ってほんとうにいまでもそんな印象だろうか?

では、いざ自分たちが近い年令になってきたいまはどうなのだろう?

 

冒頭に書いたけれど、最近、つらつらと思ったことがあって時間がこう間延びしているのではないかな、と。科学的にというか相対性理論、量子力学的に時間がビヨ~ンと伸びてしまっていて、それで平均寿命がどんどん永くなっているように人間が勝手に感じているだけで実際はかわっていないのかも?などとまったく根拠のないことを夢想しているMoaiであります。

 

他者からはどのように見られていて自分の中(心)ではどう感じるのだろう?

 

60歳という年齢はまだ40歳代のような気分でいることは確かで、女房を亡くしたときから人としての成長も含めて止まってしまっているのかも知れない。しかしそれも含めて自分であるならば受け入れるしかあるまいな

 

 

筆者、実はもうすぐ還暦に達するものとして気になったので調べて書いてみたい。

 

中高熟年の平均年齢の推移をちょっと調べて考えてみる。

中高熟年の年齢に達している我々としては、利用年齢がしっかり明示してあるサイトは安心できる。

なぜなら、我々は年齢を気にしているからだ。

もう年なんじゃないか50歳、60歳になっていまさら出会いとか再婚とか笑われるだけじゃないか?

そういう不安を抱えている。

 

私も若い頃は50、60歳の人たちの立ち振舞いは本当におじいちゃんとかおばあちゃんのように見えていた。

その見た目で再婚とか恋愛とか可笑しく見えたもので、子供の年齢だと「気持ちが悪い」という言葉を使ってしまう考えの浅い子もいるのだ。

簡単にわかるのは、「1960年 平均寿命」と検索してみると、

 

しかし当時の平均の寿命そのものが60代だったのだ。はっきり言えばもう寿命が終わる年代だったのだ。

そう考えて計算してみると現在のおじいちゃん、おばあちゃん達はいまの80歳代と考えれば辻褄が合う。

 

だから我々の年代は、当時の年齢でいえば40歳から50歳代くらいと考えてよいのだ。

 

まだまだ出会い恋愛をして、結婚、再婚を考えることに積極的であってよいのです。

 

結局押さえ込んでいるのは自分自身なのです。

 

「もう年だから・・・」

でも、あと何年生きるかわかりませんよ10年20年? 30年かもしれない。

「あれ、まだ生きそうだな・・・」

と思ったときには本気で間に合わなくなるのだろうな。と思うようになったんです。

 

しかし世の中にはそこに気が付けなくて「もう年だから」とこれからの恋愛や、結婚や再婚をあきらめている中高熟年が多いのです。

 

良いのです。我々は出会いとか婚活活動を始めて良いのだ。

 

このブログはそのために運営している。

 

また結婚生活を始めようと決めたなら妥協はしない。たとえ年月がかかっても妥協しない、良い年齢であるからこそ最後の出会いかもしれないからこそ譲らない、妥協しない。それこそ人生の最後、晩節を汚すようなことはしたくない。

 

もっと言えば人間はいくつになっても出会い、恋愛をして良いのだし、人と人との付き合いはしていくべきなのだ。異性ばかりではない。同性で気の合う仲間を探して良いのだ。

 

「もう終わり」と考えたら本当に「もう終わり」で死のスイッチがパチン!と入るのではないか? 前妻とは死別になった筆者はそう考える。

 

いまだに異性に興味津々の筆者はネットで方法を探してみた。そんな私が最初にこれは良いと思ったところを紹介したい。

 

年齢を気に病んで躊躇している人々、そういう人たちへのメッセージとしてだと思うのですが、年齢制限をしかり明記している婚活サイト。

 

中高熟年の利用年齢上限をしっかり打ち出しているから気に入っている婚活サイト

そんなサイトの紹介をしたい。

 

 

このサイトは

年齢限定型コミュニティだから、
希望の相手がすぐ見つかる!【登録無料】

 

年齢制限が30歳~75歳まで。

これこそ現代の中高熟年を表しているのでしょう。

 

60歳くらいではまだまだ、真ん中くらいだろう。

少しは勇気が出るような気がする。

 

まだまだ行ける!! のである。

 

 

まだまだ行って良いのであるよ。

 

 

考えてみれば、我々60代のヒトリモノ人間はまだまだ生きなくてはいけないわけで、人生100年時代と言われる昨今あと40年もあるのである。

100年生きる人はいまはまだ稀だろう、とは思うが、現実として高年齢で私を生んだ母は95歳を過ぎている。

あながちありえない話ではないのだ。

 

そういう時代に生きる我々にとってあと40年もチャンスがあるのであれば、また誰かと暮らしてみたいものだと思ってなにが悪いのだ。

 

もうひとつ個人情報だが、私は既婚者であったが40代で最初の妻を死に至る病で死別している。

いまは幸せだ。が再婚はしていない。

まだこれからだ。

出会いたいと思うし、再婚もしてみたい。そんなとき利用する。

ではどんなサイトなのだろうか?

婚活パーティが苦手な人の婚活サイト

このサイトは華の会メールというサイトで、

熟年に特化しているサイトである。

 

年齢制限の下限が30歳である。10代20代を排除しているわけで例えば50代男性の結婚年齢などを考えると下はせいぜい30歳だろうと思う。

いや人間20歳になれば大人として遇しなくてはいけない(ん?いまは18歳?)とは思うがどうしても若いうちはなにかとあるわけで・・・

この頃というのは精神よりも肉体のほうが勝っていて余裕がないように思う。

正直に書くと、とうぜんに中高熟年齢としてあまり関わりたくない。 

(近いうちに年齢差結婚の考察を書きたい)

 

はっきり言えば子供は相手にしないよ。と宣言しているようなもので、その気概と覚悟が好きだ。

 

このサイトの利用方法は?

 

①プロフィールや掲示板を作成してアピールする。各自他者異性のプロフィールにアクセス、訪問してその人tなりを予測し気に入れば、連絡してみる。

 

②メールの書き込みをしてアプローチをすることで会話が始まる。

(その昔、文通で雑誌の後ろのペンパル募集の投稿欄と同じだ。)

 

③互いに気に入ったら連絡先を交換して実際に会ってみる。出会い。

(いままで、手紙の中でしかわからなかった相手と初めて会うことになったときのあのドキドキ感だろう)

 

 

そこまでがこういうサイトを利用する目的で、会うまでが大切なので、この手前で終わってしまうことも多々あるわけで、1回、2回で会えると思っていたがっかりするかも知れないし、ちょっと知らなすぎということ。

 

会えないこともあるし、それを楽しむくらいになったほうがよい。

あなた自身が否定されたわけではないのだ。あなたが造ったプロフィールがいまいちなのかも知れないが、中にいるとこのサイトのスタッフが相談にも乗ってくれるのだそうだし、参考にする例もたくさん表示してある。

だから、自分をあきらめないことだ。

 

そういうシステムであって、あくまでも本人の意思に任されたサイトだ。

そこが気に入っている。

好きな人、好きになるかも知れない人は自分で見つけたいのです。

料金体系は

ポイント制を採用していて、利用者は予めポイントを購入しておいて、例えば掲示板の投稿する10ポイント。

女性の掲示板を見る2ポイントなどで、1ポイントは10円で購入する。

高額でも10ポイントから25ポイントなので月に5000円もあればけっこう異性との会話を楽しめる。(つまり文通だ)

 

優良コミュニティなので安心!
恋愛・婚活におすすめの華の会メール
→→【無料体験受付中】←←

詳しくは「料金案内」で確認しておくれ!

 

多人数のパーティはムリ!

実は筆者、婚活パーティは苦手で、大人数でゲームをするよりも、「あ、この人と話してみたい」という方と1対1で話がしたい。

面倒くさいのだ。

この人だ!という人がいたなら猪突猛進するタイプの人間なので大人数は面倒。

 

ですから、そういうサイトはこのブログでは紹介しない。

悪しからず、、、だ。

 

 

ただし、結婚紹介所のようなところから紹介されての昔のお見合いのような出会いはOKで、正直やってみたいがまだそこまで気持ちが盛り上がっていないので、調べておくまでにしておきたい。良ければ他の記事でもどうぞ

 

このサイトは年齢認証をしっかりすること

適当にごまかして入ってくるなりすましとか、そういった者を排除するためもあるが、自分を証明することでもある。堂々と利用するのであれば、しっかり早めに認証してもらうことだと思いますよ。

こういうサイトは厳しいルールのほうが良いのは当然だ。安心して利用するためのルールだなのだから守るのだから。急がれよ、そして楽しんで始めること。私もいる

 

 

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