バツイチと死別・再婚感には大きな違いがあるわけで・・・

バツ一・二・三で再婚談義

《恋と愛と情》はそれぞれちょっと違う感情。

若い頃、10代20代の年齢の頃は好きになったら猪突猛進でした。または遠くから彼女(彼)の姿を眺めるているだけで幸せでした。でも夜は熱い想いに身を焦がしそうになりながらなんとか生きてきました。

やっと、愛する人を見つけました。

結婚しました。

子供ができて家族になって幸せです。

子育てと生活に霧中だった年月が過ぎ、いつのまにか愛は変わりました。

口の悪い人は「腐れ縁」などと言いますけれど、どうも愛とは違う感情のほうが大きくなってきているように感じます。

うまいことを行った人がいました、同感です。

愛情はいずれ情愛に変わる(正確ではありませんが)

そうなんですね、《情》なんです。

よく言われるのは、「情がうつる」と言います。

ほんのちょっと短い期間であっても、相手との間に何か分からないけれど温かい感情が流れて絆のようなものが結ばれるのです。

好きとか愛しているとかという感情ではなくてです。

これが長い年月を一緒に暮らしているうちにこの情愛というものが深く深くなるのではないかと筆者は考えています。

中高年なればなるほど再婚の定義や求めるものが変わってくる。

今までの恋だの愛だのももちろんある。しかしそれだけで結婚、再婚を決意するにはちと不足感を感じるようになる。

すこし勇気を持って言ってみるが、それだけでは足りないのだ。初めての結婚相手を探している人もいるだろう。

離婚者

離婚したことで少し「人を見る目」を持つようになり再婚の条件が厳しくなっている男女がいる。

死別者

一方、少なくとも「2人を死が分かつまで」と誓った配偶者の死亡を目の当たりに見たがために「もう再婚は・・・」と考える死別者のやもめと呼ばれる人もいる。夫と死に別れた、妻に先立たれた。こういった人々は大抵が前妻前夫との思い出に浸り切ることで長い年月を独りで過ごすことになれているので再婚の条件はさらに厳しい。極端な場合は例え世間的には「あなたもまだ若いんだから・・・」といくつかの意味を込めたあなたへの助言を含めた鼓舞があったとしても右から左に聞き流すものだ。

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