再婚考察「人は常に何かを学んでいる」

結婚って良かったかい?

そう思うときがある。正直言ってね。

ここに来る人は、何らかの形で別離を体験している人、だと思う。

なにかを学んだよね?

きっとそうなんだよ。自覚しているかどうかはわからないにしても、なにかを学んだことは間違いないよ。そこ、次に活かしましょうね。って話だよ。

離婚のバツイチだって、人は常に何かを学んでいる

結婚して良かったのかな?

良い思い出の人も「うわ、結婚なんてもうしたくない」と考える人もたくさんいるんだろうね。

死別者の再婚はこのあとにして離婚のことを考えてみよう。

 

DV離婚(なにかこう人間の闇を見てしまったかもしれない)

すれ違い離婚(仮面夫婦に我慢ならなくなったか、チャンスがきたか)

性格の不一致離婚(結婚の目的が最初から違ったのかもね)

成田離婚(言い方古いのかも、何かの評価の対象にはならない、たぶん何も学んでいないから同じことを繰り返すかもバツニどころかバツ三バツ四と、その記録どこまで伸びるか・・・な離婚だと筆者は思う)

様々だ。

 

それでも離婚理由というのはカテゴリ分けしただけの話。

いろいろとお話を聞く機会を設けた時期もあったので、その離婚の流れ?を考えてみると、百組の夫婦がいれば100の離婚理由があるんだなぁ、というのが感想。

離婚するのは仕方がない。

いまは、あれ、4組に1組?もっと進んで3組に1組かな。

 

これ、もっと進んだら結婚の意味って失うのかもね・・・

 

余談だけどさ。(いつもの)

国家としては困るんだよ、たぶんね、統治しづらくなるからね。。。

一夫一妻制の崩壊!! お~~~きたきた!なんてな。

そのうち、一夫多妻制の復活、ついでに一妻多夫制も導入!

なんてなったら、筆者は、、、ちょっと身体を復活させることを真剣に考えるかも・・・

ほら、大昔は愛人とかお妾さんとかたくさんいたじゃない。

お殿様の時代なんてのはもう・・・(時代小説すきなので・・・)

 

さて、話を戻すと、結局言いたいことはね。

 

結婚生活でなにを学んだのか?

ってことなんです。

確かに結婚というのは人生の中でも大きなイベントでしたよね。

結婚することによって家族も増えていく、それが人間として一人前になった証だ。みたいな時代が確かにありました。

しかし、これだけ離婚率が高くなってくると、婚姻生活継続中の人ならばなんらかの方策?が必要になってくるでしょう?

または、すでに離婚が完了してバツイチ生活にいる人も、「あの結婚生活でなにが良かったのだろう、どれがまずかったのだろう?」と考えることで次に繋がるんだろうなぁ。ってことです。
で、バスコンってなに?と・・・

 

やもめの再婚は難しい

こんな風に考えてしまうのは死別者、社会生活上は寡夫とか寡婦とかいうんだよね。

一般的な市井での呼び方は「やもめ」だったりしてどちらかというと女性につけられた感が大きいかな?女性だったらあとは「未亡人」とかね。

なんで男はないんだよ。って思うけれどその場合は「男やもめ」と呼称することが多いらしいよ。

 

寡婦にしても寡夫でも、いや男やもめだからこそ、かもしれないけれど人様から見ればつまらない拘りに見えるかもしれない何かが心の奥に勝手に隠れているのさ。

ここから下には他で筆者が書いたことを転載しておくよ。少し追記したりするけどね。

まずは死別者であるやもめの気持ち。死別後何年たったら再婚していいの?

 

まだ、あの衝撃から立ち直っていない精神状態で誰かと付き合おうなんていうのがそもそも間違いなんです。

生前から浮気、不倫でもしてたんだったらわかるけれど、たいていはそうじゃない。

 

寂しいのはわかる。ベッドの半分がずっと冷たいままだからね。わかるよ。

罪悪感を遺したままなのもわかるよ。心のどっかで「あいつが死んだのは自分のせい」って思ってんだろうね?

まぁ、その通りなんだけどね。あなたの責任もあるさ。

子供が大きくなるまでは・・・あるね。

それこそ、赤ちゃんのころだったらまだいいのだけど、子供が思春期だったりしたら、もうね。。。

お父さんが再婚しても良いけれど、その人をお母さんとは呼ばないよ。って言われてみなさいよ。わかるよ。そんな大人の考えを持っているわけないもん。だから子供なんだし、それが子供気持ちさ。

なんか知らないけれど、死別のヤモメさんって「申し訳ない」って罪悪感を持ち続けてしまうんだね。

そこんところを離婚者、バツイチさんとか? は分からないんだよ。

ご本人にとっては寝耳に水だったのか突然なのか「別れ」を言い出されてすっごく慌てていたりする。

「なぜ、そんな急に・・・」ってね。

あなたに覚えがなくても、やもめさんにはたくさんあったんだよね。

住むところも勤め先も変えて目の前から消え去りたいくらいの思いが湧き出したんでしょうね。だから電話番号も変え住所もなにも一切知らせずに消えたんですよ。

どっか他でも書きましたけど、やもめってのは、心が半分持っていかれちゃってるんです。

半分しかないの。

半分だから人としてどっかおかしいってわけじゃないよ。

却って敏感になっている。だって、半分に千切れたところが傷になってんだよ。ドクドク血を流し続けているんだよ。それでも、「もしかしたら縁があったのかもしれない」って思うことだってあるだろうし、勝手に気を利かせた知人の紹介かもしれないね。しがらみってやつ。

本人だって少しはその気もあるさ。だって寂しいんだもの。いまだかつて人生で、こんな寂寥感を感じるような瞬間なんて想像もしていなかったかもしれないね。だから受動的に受け入れてしまう。

これね。「まだ忘れていない」じゃなくて、忘れることなんてないの。忘れてしまえるほど仲が悪くて離婚寸前だったわけでもなければ、忘れることなんてできないの。

憎しみ合っての離婚なら「あ~せいせいした~ 次々!!!」って忘れられるかもしれないけれど、やもめには無理だから。

 

 

これはやもめが自分で納得するしかない。どんな意味付けになろうとも自分の中で解決してからじゃないと、再婚生活も破たんするとモアイは考えますね。

年数の問題ではないことはこれから書くけれど、まぁ3年はかかるのではないだろうか。人の供養が一周忌、三回忌と別れているのはそういうことなのだろうな、とモアイは理解している。最後は十三回忌だけどね・・・

 

そうなると少し宗教の考え方に自分で近づくんですね。(あれ、自分で分かったつもりだったけどすでに先人はそこに達しているんだなってね)

どっちが先かとか「だったら最初から宗教から教わればいいじゃない」と思われる方もいらっしゃるだろうけれど、そうじゃなくて、自分でそこまで達することが必要なのかもしれない。

そこは強く主張するつもりもなく、自分はそうだった。その道を歩いてきた。そう認識しておけばそれで良いのだ。

 

宗教の教義から教えてもらうんじゃなくて、自ら気が付くんです。

そして少しずつ情報を集めてその納得を修正していくのですね。

一種の哲学みたいなものかもしれない。

で、これが確立すると強い。

千切れた部分はもう薄皮じゃなく分厚い強靭な皮で覆われた心?ハート?になっているのでしょう。

モアイもそういうヤモメだったらお勧めしたいくらいですね。

そうね戦闘力589,000パワーくらい?( ´∀` )

なんてな。

 

ちょっと恋愛話と離れたところまで逸れたけど、やもめは再婚には不利。ということ。

その薄皮が強靭になるまで、じっと埋伏して隠棲しておいた方がいいんだよ。

そんな話でした。

 

その意味ではやもめとのお付き合いは面倒くさいかもよ。

それでも付き合いたい時は上に書いてきたことに注意しつつ、お付き合いを楽しんでおくれよ。

 

 

ではまた。

 

だから、同朋と呼んでいいのか悪いのかは分からないけれど、世のやもめさんたちよ。男やもめもや女やもめさんにも言いたい。

 

「あわてんな!」

 

ってな。

ちゃんと、時が来る。 そういうもんだ。

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